エンリケ・フェルナンデス・レデスマ
(Enrique Fernández Ledesma)
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エンリケ・フェルナンデス・レデスマ(Enrique Fernández Ledesma)は、1888年4月15日にサカテカス州(メキシコ)のロス・ピノス(Los Pinos)で生まれました。彼は著名な詩人、小説家、エッセイスト、文学年代記作家、美術評論家、ジャーナリストでした。幼い頃にアグアスカリエンテス市へ移り住み、そこで学業を修めるとともに、サトゥルニーノ・ヘラン(Saturnino Herán)、マヌエル・M・ポンセ(Manuel M. Ponce)、ラモン・ロペス・ベラルデ(Ramón López Velarde)と出会いました。
1910年、彼は新聞『El Noticiero』の編集長を務めるとともに、週刊誌『Zig Zag』を主宰し、そこで詩や文学年代記、美術に関する評論も発表しました。また、『El Universal』、『México Moderno』、『Pegaso』、『Revista de Revistas』にも寄稿しました。その後、メキシコシティへ移り、作家および文芸評論家としての活動を展開しました。
1929年から1936年まで、彼はメキシコ国立図書館の副館長および館長を務めました。その職務を通じて読書の普及に尽力し、ラジオ番組「メキシコ国立図書館の書誌・評論メッセージ」を放送しました。また、第三会の礼拝堂への国立ヘメロテカ設置の責任者を務め、メキシコ・デ・ラ・レングアアカデミーの会員でもありました。さらに、『Los mexicanos pintados por sí mismos』の再版事業の責任者も務めました。
また、彼はサン・アグスティン(San Agustín)の旧寺院および第三会礼拝堂に国立ヘメロテカを設置しました。その一方で、版画芸術の研究への関心を深めるとともに、さまざまな文化普及の場で専門的な評論活動を行いました。彼はメキシコ・デ・ラ・レングアアカデミーの通信会員に選出され、1939年11月9日にメキシコシティで亡くなるまで同アカデミーで活動を続けました。