サトゥルニーノ・エフレン・デ・ヘスス・ヘラン・ギンシャール
(Saturnino Efrén de Jesús Herrán Guinchard)
誕生:
逝去:
職業:
1887年7月9日生まれ。彼は作家兼劇作家のホセ・ヘラン・イ・ヴォラドとドニャ・ホセファ・ギンシャール(Doña Josefa Guinchard)の息子でした。
サトゥルニーノは1901年からアグアスカリエンテス科学研究所で予備課程の教育を受けました。2年後、父親が亡くなり、家族は厳しい経済状況に直面したため、彼はより良い生活を求めてメキシコシティへ移り住みました。
サトゥルニーノ(Saturnino)は国立電信局の事務所に就職するとともに、美術学校の夜間課程に入学し、1904年にはサン・カルロス・アカデミー(Academia de San Carlos)の上級絵画クラスに正式に入学しました。
その才能により、彼は絵画制作に専念できるようになり、数々の賞を受賞しました。1905年には美術工芸監察局の功績者に任命され、翌年には音楽教育監察局の功績者となりました。1907年までには、国立博物館の製図家としてさまざまな職務を務めました。
1909年には美術アカデミーのデッサン科の代理教授に任命されました。1915年には国立美術学校から人体デッサンの正教授に任命され、国立師範学校では正規教員としてデッサンの授業を担当しました。
彼の絵画様式について言えば、1908年に制作された「労働」("Labor")は、ヘランの画業の出発点を示す作品です。この頃から、労働者階級や高齢者を主な題材とする社会的な絵画が彼の作品の特徴となっていきました。
メキシコ壁画運動の先駆者とみなされていたサトゥルニーノ・ヘラン(Saturnino Herrán)は、1918年10月8日、メキシコシティにおいて31歳で亡くなりました。
サトゥルニーノ・ヘラン(Saturnino Herrán)の作品と、「de los mexicanos el más pintor y de los pintores el más mexicano」と称される彼の功績についてさらに詳しく知りたい方は、アグアスカリエンテス美術館にある彼の作品専用の常設展示室をご覧ください。